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東京高等裁判所 昭和31年(行ナ)18号 判決

原告 平松信武

被告 特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

原告訴訟代理人は、「昭和二十七年抗告審判第四五一号事件について、特許庁が昭和三十一年三月二十二日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求めると申し立てた。

第二請求の原因

原告代理人は、請求の原因として、次のように述べた。

一、原告は昭和二十五年七月二十日その発明にかゝる「放射作用を遮断する方法」について特許を出願したが(昭和二十五年特許願第九、五〇一号事件)、拒絶査定を受けたので、昭和二十七年五月六日これに対し抗告審判を請求し(昭和二十七年抗告審判第四五一号事件)、昭和二十九年八月二十日明細書全文を訂正したところ、特許庁は昭和三十一年三月二十二日原告の抗告審判の請求は成り立たない旨の審決をなし、その謄本は同年四月十日原告に送達された。

二、右訂正された明細書に記載された原告の発明の要旨は、「鉛硝子を以て造つた硝子短繊維の展綿又は氈版を用いて、所要被護体を覆装することを特徴とする放射作用の遮蔽方法」であるが、審決は、本件発明は、原告が本件と同時に出願しその後特許せられた特許第二二〇二八三号「放射線遮蔽用硝子綿」(以下引用特許発明と呼ぶ。)と同一の発明で、特許すべからざるものであるとして、大要次のように述べている。

(一)  本件発明と引用特許発明とを比較すると、後者の硝子綿は放射線の遮蔽に使用するものであり、他の用途に使用するものでなく、これを使用するに当つては、所要被護体を覆装するものである。前者は遮蔽方法自体には何等新規とする点はなく、後者の物を使用して単に放射線を遮蔽する方法であるから、両者はその内容を一にするものである。すなわち同一内容のものを、前者は方法で表現し、後者は物で表現し、その表現方法を異にしているに過ぎない。

よつて同一内容のものをその表現方法によつて別異の発明を構成するものであるかどうかを検討するに、発明には方法の発明と物の発明との二種類あるが、一発明の内容のものはそのいずれかに属すべきであつて、たとえその発明内容が方法として表現されていても、その方法自体に新規な点がなく、物に新規性があるならば、当然物と表現さるべきであるから、それは物と表現されたものとその発明の範疇を同じくするものであつて、別異の発明を構成するものではない。従つて特許法第三十五条第一項に物の発明と方法の発明との権利の及ぶ範囲が規定され、両者の権利の及ぶ範囲が異るが故に、その表現方法を異にすれば、両者は別異の発明を構成するとの原告の主張は当を得ない。

(二)  特許法第七条の規定は、一発明一出願を原則とし、その但書によつて二以上の発明が牽連して利用上一の発明をなすときのみ一出願としてよいということを規定しているもので、すなわち該但書は二以上の発明を一特許となし得る例外規定に外ならない。同一内容の発明を二特許となし得るものでないことは明かである。(中略)同一内容のものを表現方法によつて別異の発明を構成するものとは認められない。結局本件出願発明は、その使用方法は周知な方法であり、その使用する物を新規とするものであるから、引用特許発明と全く範疇を同じくする発明であり、かつその及ぶ権利も引用特許に全部包含されるものであるから、本件出願発明を特許として許可するときは、引用特許と、これに全く包含される特許とが、二箇生ずることゝなり、特許法の根本精神にもとるから、本件出願発明は特許すべきではない。

三、しかしながら、右審決は次の理由により違法であつて、取り消されるべきものである。

(一)  原告は本件出願の発明と引用特許とが技術的内容について同一性のあることについては争わないが、一方を方法として表現し、他方を物として表現すれば、異別な二発明として双方特許せられるべきものである。けだし特許発明の成立要件は、発明者が発明をなしたりと信ずる主観的要件と、なされた発明が新規なるか否かを吟味する客観的要件とから成るものであつて、本件の場合発明者は物の発明も、方法の発明をもなしたものと信ずるものであるから、客観的吟味によつて、物としても方法としてもともに新規であれば、ともに特許されて然るべきものである。審決理由中に本件出願発明は、遮蔽方法自体には何等新規とする点はないといつているが、原爆の直後に防空頭巾では役に立たないが、鉛硝子繊維綿を冠れば、てき面に遮蔽し得る新規の作用効果の点で、冠るという点は同じでも方法の発明と見るに何等差支えないはずである。

また審決理由中に、「その発明内容が方法として表現されていても、その方法自体に新規な点がなく、物に新規性があるならば、当然物と表現されるべきであるから、それは物と表現されたものとその発明の範疇を同じくするもので、別異の発明を構成するものではない。」といつているのは審判官の独断に過ぎない。

また審決理由中に「この登録は、抗告審判請求人の同意を得てなしたものである」とあるのは、抗告審理中、物と方法とはともに特許し難いから、いずれか一方を選べとの抗告審判官の申出に対し、原告は双方ともに特許される所信であるから、いずれか一方を選択する意思はない。手近なものから公告決定してくれとの返答によつて、物の方が特許されるに至つたものであつて、この経過に徴しても、本件発明が本質上物の発明に限られるいわれはない。

要するに審決理由は、審判官独自の特許発明論を述べたに止まり、特許法の法条に則した見解でないから原告はこれに服従することはできない。

(二)  審決の(二)に挙げた理由は、原告の主張に対する細密な吟味を避け、顧みて他をいう類の審理不尽を免れないものである。特許庁において原告は、意見書理由再補充書を提出し、「本件出願発明と引用特許との関係は、新規な方法とその方法の施行に使用する新規な物との関係であつて、しかも両者の技術的実体は同一であつて、利用上不可分な一発明を構成するものであるから、特許法第七条但書に該当すべき牽連発明に属するものである。従て本件出願の発明と引用特許発明とを一出願の下に、方法の請求範囲と物の請求範囲とを二項に併記して出願したものとすれば、特許法第七条但書の規定によつて当然特許せられるべき性質のものである。そして牽連二発明を二特許に出願した場合に、その一方を拒絶する旨の規定は、特許法を通じて見当らないから、引用特許にかかわらず、本件出願発明もまた当然特許せられるべきものである」と主張した。

従つてこれに対する審決理由としては、本件出願発明と引用特許発明とが果して特許法第七条但書の牽連発明に該当するや否や、牽連二発明を二特許に出願した場合にはともに特許すべきや否やについて、当然その詮議に及ばなければならない筈であるにかかわらず、この点に関する判断は全然これを避け、当該両発明の方法とか物とかいう形式上の差別を無視して、同一内容の発明というが如き不明確の字句を用いて、同一内容の一発明に二特許を付与することは、特許法の根本精神たる一発明一特許の原則に違背するものと断定したのは、明かに特許法第三十五条に規定する物の発明と方法の発明との区別を無視した不当の妄断といわなければならない。

特許法第七条但書の規定が、一発明一出願の除外例であることはもちろんであるが、この規定に該当する牽連発明の実例としては、(イ)新規な方法とこの方法を施行する装置(物)、(ロ)新規な方法とその方法によつて製造された新規の物品(物)及び(ハ)新規な物品とその新規な用途(方法)との三つの場合を予想することを通説とする。本件発明と引用特許発明とは、右(イ)の関係に相当するものである。従つて特許庁において、実験資料等の提出により、技術上の新規性とその特殊効果とが認定された以上は、一方は方法、一方は装置の技術内容上同一発明であつても、(このことはむしろ利用上一発明をなすことに必要条件である。)右(イ)の場合に該当するものとして、一出願二請求範囲の形で当然特許されるべき素質を有するものである。審決の理由がことさらに、この主張に対する弁明を避け、特許法に準拠しない内容同一という如き不明確な字句を用いて、一発明一特許の原則を強制せんとするのは、審理不尽にして特許を誤解したものといわざるを得ない。原告は牽連二発明を二特許に出願した場合は、ともに特許法せられるべきものであるか否かについて、裁判所の判断を俟つ次第である。ちなみに審決の理由は、本件発明は本質上装置の発明であつて方法の発明でない旨を説明しているが、鉛硝子繊維の展綿又は氈版を用いて放射作用を遮蔽する方法が発明者の主観であつて、しかし客観的にその方法が新規なことを立証せられた以上は、審判官はこれを装置の発明なりと強制せんとする権能はこれを有しないものである。

第三被告の答弁

被告指定代理人は主文同旨の判決を求め、原告主張の請求の原因に対して、次のように答えた。

一、原告主張の請求原因一及び二の事実は、これを認める。

二、同三の主張はこれを否認する。

(一)  発明は特許法の法規に基いて審査し、特許すべきものであると認めたものが特許されるものであつて、発明者がたとえ発明をなしたと信じても、特許されるに必要な条件を具備しないときは、特許されないことはいうまでもない。そして本件出願の発明は引用特許発明と全く範疇を同じくする発明であり、かつその及ぶ権利も引用特許に全部包含されるものであるから、本件出願発明を特許として許可するときは、引用特許とこれに全く包含される特許とが二個生ずることゝなる。これは特許法第七条及び第八条の規定する一発明、一特許を原則とする特許法の根本精神と違反するから特許すべきではない。

原告は防空頭巾と鉛硝子繊維綿とを比較して、本件出願の発明は方法の発明とみて差支えないと主張しているが、防空頭巾と鉛硝子繊維綿とは、それ自身の持つ作用効果を異にしているものであり、本件出願発明と引用特許発明とは、放射線を遮蔽する作用効果を同じうするものであるから、両者は比較の対象にはならない。審決において、「遮蔽方法自体には何等新規とする点はない。」としたことは、放射線を遮蔽するには、被護体は覆装するを普通とするからで、この普通の方法を新規とすることはできない。というのであり、また方法と表現されたものでも、その要旨が物にあれば物と表現すべきであるとする認定は通説であつて、独断の認定ではない。

本件の方法の特許願に対しては、本件出願の方法は物の発明と同一要旨のものであるから、特許できない旨の拒絶理由通知をなし、物の発明の審決に当つては、原告にその同意を得たものである。物の発明が特許になつた以上、これと同一要旨のものは、前述したように、当然特許できないことは明かで、原告の物の発明に限られるいわれはないとする主張は当を得ない。

(二)  本件特許願と引用特許発明とは、牽連発明として出願されたものではなく、各独立して特許出願されたものであるから、各独立の特許願として審理するのは当然で、原告が、審決は本件出願発明と引用特許発明とが果して特許法第七条但書の牽連発明に該当するや否や牽連二発明を二特許に出願した場合には、特許すべきや否やについて吟味していないから審理不尽を免れないと主張しているも当を得ない。

第四(証拠省略)

理由

一、原告主張の請求原因一及び二の事実は、当事者間に争がない。

二、その成立に争のない甲第八号証(昭和二十九年八月二十日付訂正明細書)及び甲第十二号証の三(昭和三十一年三月一日付特許請求の範囲訂正書)によれば、本件発明の名称は「放射作用を遮蔽する方法」とされ、また最後に訂正された「特許請求の範囲」には、「本文に詳記した如く、鉛硝子を以て造つた硝子短繊維を其の繊維が雑多の方向に交錯する状態に於て展延した展綿又は氈版を用いて、所要被護体を覆装することを特徴とする放射作用を遮蔽する方法」と記載されていることを認めることができる。

一方前記訂正明細書には、「発明の詳細なる説明」として、「本方法を施行するには適当の組成を有する鉛硝子(中略)を用いて(中略)硝子短繊維を造り、繊維が雑多の方向に交錯した状態において、これを金網上に吹付け適当の厚さの展綿となし、これを所要被護体の内面又は外面に一層又は数層に張付け、同質の硝子繊維糸を以て織成した硝子繊維織物その他適宜の外被又は塗装を施してこれを包被するか、或は前記金網上に吹付けた硝子綿を適当の厚さに圧搾成形して板状となすか、又は前記短繊維を水に和して適当の厚さに抄造した氈版を造り、これを適当の形状に裁断して所要被護体上に張付けるものである。元来鉛が遮蔽能を有することは勿論知られた性質で、現にX線機器又は無線電器の函壁等に応用せられて居ることは周知の事実であるが、被護体に鉛板を張ることは単に重量及び価格等の点に於て不利であるばかりでなく、物品によつてはこれを適用することが困難なものが多い。然るに本方法により鉛硝子短繊維を適用すると、金属版を張る場合に比し外観優美にして、広い範囲に亘り、各種の物品にこれを応用するに適し、しかもその遮蔽性能に関し、鉛硝子はその成分の二割内外の鉛分を含有するに過ぎないから、遮蔽能もまた鉛に比して五分の一内外に低下すべき筈であるが、実験によれば、はるかそれ以上の能力を有するものと認められるが、その理由は鉛硝子を繊維状となすことによつて、鉛の分布を平均にし、かつ鉛硝子の表面積を増大する結果、硝子中に混存する鉛の複雑なる反対面よりする乱反射による遮蔽能力の増加に存するものと考えられる。」と記載し、次で実施例として、一定成分よりなる鉛硝子板(厚さ二、五糎)及びこれを繊維化した鉛硝子綿(密度四〇〇kg/m3、厚さ五糎)、並びに同成分の鉛硝子綿(密度二〇〇kg/m3、厚さ二糎)と鉛板(厚さ〇、四糎)とのX線透射比較試験の結果を記載し、最後に「本発明の方法によるときは、鉛板或は鉛硝子板を用いる場合に比し遥に軽量にして、充分有効に遮蔽の目的を達し得る所似であつて、例えばこれを超短波の無線電器装置の函壁乃至設備室の内壁に応用するときは、保温防音絶縁等の用を兼ねると同時に、附近に妨害を及ぼす様な電波の放散を遮蔽するに適し、またX線治療装置の防護具等に応用するときは、鉛板或は鉛硝子板製のものよりも、軽量柔軟な点において実用性を有し、更にラヂウムその他原子爆弾後に於ける放射作用防護等の目的に於て、これを家屋、自動車又は航空機等の内外壁に適用するときは、外観は普通の防音壁と異るところなくして、遮蔽能を有する点において、新規な工業的効果を有するものである。」と記載してある。

右記載の全文によつてみれば、元来鉛が遮蔽能を有することは知られているが、被護体に鉛板或は鉛硝子板をそのまゝに用いることは単に重量、価格等の点で不利であるばかりでなく物によつてはこれを適用することが困難なものが多い。しかるに鉛硝子短繊維を一定状態において展延した展綿又は氈版を用いて被護体を覆被すると、このような不利、困難を除去することができるばかりでなく、実験の結果によれば、軽量な鉛によつて十分その目的を達することを明かにし、一方右展綿又は氈版を以て被護体を覆被する方法については、何等格別な方法をも開示していない。してみれば本件発明の要旨は、鉛又は鉛硝子を以て被護体を放射作用より遮蔽するにあたり、鉛硝子短繊維を、その繊維が雑多の方向に交錯する状態において展延した展綿又は氈版を用いて覆被することにあるものと認定される。

三、その成立に争のない甲第十一号証の二、甲第十四号証によれば、原告は本件特許出願と同日、その発明にかかる「放射線遮蔽用硝子綿」について特許を出願し、(昭和二十五年特許願第九、五〇二号事件)、特許第二二〇二八三号を以て登録されたが、その明細書には、「特許請求の範囲の項」に、「本文に詳記した如く鉛硝子を以て造つた硝子短繊維を其の繊維が雑多の方向に交錯する状態に於て展延した放射線遮蔽用硝子綿」と記載され、「発明の詳細なる説明」として、「本発明は適当の組成を有する鉛硝子(中略)を原料として(中略)硝子短繊維となし、繊維が雑多の方向に交錯する状態において、これを金網上に吹付けて硝子繊維の展綿となしたものであつて、この展綿を適当の厚さに圧搾して柔軟性を有するフエルト状帯又は濃厚な糊料を用いて剛固な氈板となすか、然らざれば前記硝子短繊維を淡水又は糊料を加えた水に和して適当な厚さに抄造し、これを圧搾乾燥して氈板を造り、これを所用形状に裁断して被護体に適用するものである。従来硝子綿又はその製板類は保温、防音又は絶縁等の用途に対しては普通に使用されたものであるが、本発明は鉛硝子を原料として硝子短繊維を製造することにより、前陳既知の一般性能以外に、鉛の特性を利用して、短波X線又はラヂウム其の他原子放射線の遮蔽用に適せしめたことを特徴とするものである。元来鉛等の重金属の類が前掲放射線に対して遮蔽能を有することは周知の性質であるが、単なる鉛板の遮蔽作用は吸収に依る放射線の不透過を主とするものであるのに反し、繊維方向が錯雑した硝子短繊維即ちその展綿又は氈板等は複雑な反射面を有して、所謂乱反射の作用をなすから、本発明の放射線遮蔽用硝子綿に於ては、単に鉛分の存在による不透過性以外に、反射作用によつてもまた遮蔽能を示す点において特殊の効果を有するものである。」と記載し、次で実施例を示した上、最後に「本発明の放射線遮蔽用硝子綿は、外観優美であつて、保温、防音及び絶縁等普通性能の外放射線に対する高度の遮蔽性を有し、軽量でかつ装着容易であるから、在来用いられた無垢の金属板に代用して短波電気、X線又はラヂウム等を利用する医療用機器類の遮蔽用に適し、殊に原子力による放射能を遮蔽する目的において、車輛、航空機、船舶乃至家屋等の防護壁にも適応する点で、新規な工業的効果を有するものである。」と記載してある。

右記載の全文によつてみれば、鉛硝子を原料とする硝子短繊維は、従来一般の硝子綿又はその製板類について知られていた保温、防音、絶縁等の性能の外に、鉛の特性を利用して、短波、X線又はラヂウムその他原子放射線の遮蔽能を有する。一方単なる鉛板によるこれら放討線の遮蔽作用はその不透過性を主とするものであるのに対し、繊維方向が錯雑した鉛硝子繊維の展綿又は氈板は、鉛分の存在による不透過性以外に、複雑な反射面によるいわゆる乱反射作用によつて特殊の効果を有するので、在来の金属板に代用して、車輛、航空機、船舶、家屋の防護壁等の被護体から放射線を遮蔽するための、鉛硝子を以て造つた短繊維を、その繊維が雑多の方向に交錯する状態において展延した硝子綿が、開示されている。してみれば本発明(引用特許発明)の要旨は、被護体を放射作用より遮蔽するために使用する、鉛硝子短繊維を、その繊維が雑多の方向に交錯する状態において展延した硝子綿にあるものと認定される。

四、以上認定にかかる本件出願の発明内容と、引用特許発明の内容とを比較してみると、両者はひとしく、一定の用途に供せられる新規な物について、一は用途の面から立言し、他は物の面から立言したのみで、畢竟するに同一内容の発明を開示し、また同一の特許請求の範囲を有しているものと解するを相当とする。

一発明について一特許権を付与し、二以上の特許権を付与すべきものでないことは、特許法第七条及び第八条の規定によつても明白であるから、すでに先に認定したように、その一について特許権を付与した以上、同一発明についての本件出願は拒絶すべきものといわなければならない。

原告代理人は、本件出願の発明と引用特許発明とが、技術的内容について同一性を有することを認めつつも、一方は方法として表現し、他方は物として表現したものであるから、異別の二発明として双方とも特許せられるべきものであると主張するが、方法とは、一定の目的に向けられた系列的に関連のある数個の行為または現象によつて成立するもので、必然的に経時的な要素を包含するものと解すべきであるが(方法の逐次性)、先にも認定したように、被護体を覆被するについては何等格別の方法をも開示しない本件出願の発明は、この経時的な要素を缺き、これを方法の発明となすことはできない。

なお原告代理人は、特許法第七条但書に該当する、新規な方法と、その新規な方法に使用する新規な物とよりなる牽連発明を二特許に出願した場合には、ともに特許せられるべき旨を主張し、もとよりその方法と物との発明が、それぞれ特許要件を具備するときは、ともに特許せられるべきものであることは疑を容れないが、本件出願発明が、新規な方法の発明でないことは、先に認定したところである、この点についての原告の主張も、審決を違法ならしめるものではない。

五、以上の理由により、審決には原告主張のような違法はないから、原告の本訴請求を棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のように判決した。

(裁判官 内田護文 原増司 高井常太郎)

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